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2010年7月

2010年7月27日 (火)

九十七話 「インセプション」

 学Photo_2生時代に観た仏映画「去年マリエンバートで」は印象的でした。宮殿のような豪邸に住 む美麗の夫人が、ある夜の晩餐会で訪れた男に「去年マリエンバートでお会いし、約束しましたね。」と声をかけられることから始まる話です。絵画のような美しい映像が醸し出す、去年マリエンバートで約束したのは本当かどうか、わからぬままに記憶と現実の境界が曖昧になって行くシュールで難解な映画ですが、白黒の画面とあいまって忘れられない夢を見たような感覚がいまだに残っています。

 渡辺兼が出演の最新映画「インセプション」はこの「去年マリエンバートで」のアイデアを使ったのではともいわれています。映画としてはまったく別物としか言えない代物(こちらはとてもわかりやすい)ですが、「インセプション=植え付け」というテーマは確かに同じ発想です。まるで本当にあったかのように記憶を植えつけるという共通したコンセプトが見えます。

 この映画は超エンターティメント大作ですが、「インセプション」というテーマは興味深いので、専門分野の「人事」にこじつけて、仮説を立ててみます。
 ドラッカーは「終身雇用、年功制、定期採用などどれをとっても、これから先も有効に機能しているシステムかどうかPhoto_4 は甚だ疑問だ」というようなことを書きました。確かにこれまでは、日本システムといえるこれらの方法で日本は成功しましたが、そのスタートは何だったか、なぜ日本だけが世界と異質な制度なのか、これらは本当に日本的特性なのかどうかをもう一度よく検証する必要があると言っているようです。
 そこで、仮説です。次のシステムの中で「インセプション」されたものがあります。それはどれか。終身雇用、年功制、定期昇給、定期採用、成果主義・・・。

 映画「インセプション」では夢か現実かを確かめるすべとして小さな「コマ」がでてきます。デカプリオ演じる主人公はその「コマ」をまわしますが、日本はいまだまわしていません。「コマ」をまわそうか、どうかと逡巡したまま20年たちました。そろそろ、覚悟を決めてまわす時間です。まわすのはたぶん「社会」ですが、この「コマ」の発想はわれわれにも役に立ちそうです。何がそれぞれのリアリティか、自分の「コマ」を持ち、まわしてみることがこれから大切になるはずです。

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2010年7月19日 (月)

九十六話 なにわあきんど塾講演

Photo  15日に大阪産業創造館にて「なにわあきんど塾」OB会の勉強会で講演させていただきました。夕方6時半からで、皆さんお疲れの時間にもかかわらず、たいへん熱心に聴かれていました。2世、3世の若い経営者の方たちが中心のようでしたが、質問も随分といただき、学習意欲の高さに感心しました。
 後継の方たちは中々たいへんです。創業経営者とはまた違った苦労があります。そもそも、気がついたら経営者だったということが実際には多いのではないでしょうか。会社員には理解しがたい、まったく異なったたいへんさです。

 わたしどもがこれまでに関与先させていただいた会社でも、事業承継にからんでの人事制度のご相談が随分とありました。創業期には、トップダウンのリーダーシップでぐいぐい引っ張って行けますが、次の代は往々にしてそうは行きません。創業者は優れた勘(感性)、経験、度胸、カリスマ性で人事を掌握できますが(掌握した結果の現在ですから)、後継者はそれらを使えません。いえ、使わせてもらえません。そこで、創業期には必要なかった『制度としての人事』が、次の代では必要になったりします。
 わかりやすい例が「管理職」です。創業期にはトップの考えを「伝える者」で良かった「管理職」が、次の代ではマネジメントできる「管理職」がどうしても必要になります。「部長、なんで○○君の賞与が僕より多いのですか」「そんなもん、決めた社長に聞いてくれ」では、通用しなくなります。その問いにきちんと対応できる、そのような「管理職」に仕立てるには、程度の差はあれ、『制度としての人事』を意識せざる得なくなります。
 このような理屈も事業を承継し、経営という立場になってみないとなかなかわからないものです。経営を継続する難しさがそこにもあります。

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2010年7月12日 (月)

九十五話 職業観その①

 8日201007に私どものセミナーで、ネットのピアノ販売で成功された㈱ハーモニアの石山社長Ishiyama   様(写真右)に講演をいただきました。お話が巧みで面白く、感心いたしました。満員の参加者でしたが、皆さんたいへん満足されて帰られました。
 そのハーモニアさんのホームページに、チョーク製造の日本理化学工業の話が載っています。「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司 あさ出版)で取り上げられ、テレビの「カンブリア宮殿」でも紹介された社員の7割が障害者という中小企業の話です。(詳しくは本か、ハーモニアさんのホームページをご覧ください。)そこに、仕事をすることの意味の一つがきちっと書かれていました。

 この会社が障害者の方を入れるきっかけとなった50年程前の話です。施設から頼まれてPhoto 仕方なく、就業体験として入れた二人のはじめての障害者の方が、朝は1時間も前から出社し、休憩時間も言わないと取らず、簡単なラベル貼りの仕事に没頭して手を休めることなく働きます。しかも、本当に幸せそうな顔をして一生懸命仕事をしていたそうです。
 1週間の就業体験が終わる頃、社員の全員が現社長で当時専務の大山さんに「あの子達を本採用してあげて欲しい。足らない部分は私たち皆が何とかカバーします。だから、どうか採用してあげてください。」と、言って来たそうです。その社員の気持ちに打たれて、大山さんは本採用を決めました。
 それ以来、障害者の方を少しずつ採用するようになりましたが、大山さんには一つだけわからないことがありました。どう考えても、会社で毎日働くよりも、施設でゆっくりのんびり暮らした方が幸せなのではないかと思えたことです。そんなとき、法事で一緒になった禅寺のお坊さんにそのことを尋ねると、次のようにお坊さんは言ったそうです。「そんなことは当たり前でしょう。幸福とは、①人に愛されること。②人にほめられること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることです。そして、②③④の幸福は働いて得られるのです。」と。普通に働いてきた大山さんにとって、それは目からウロコが落ちるような考え方でした。

 ドラッカーも著書の中で、「仕事とは単に企業に勤めて何かの役割をこなすとかいうような、単純なものではない。」と書いて、仕事を通じた社会とのつながりを示唆していました。同様にこの日本理化学工業の話から、仕事の種類や会社でどんな役割をするかにかかわらず、仕事はそれ自体に、仕事をする価値というものがあり、そのことに気づくことがその人に「充実」をもたらしてくれると教えてくれています。机上では学べない、いえ、感じとることができない職業観の基礎となる部分であり、仕事で悩んでいる人にはまず、知っておいて欲しいことではないでしょうか。

 文中のエピソードは「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司 あさ出版)からの引用をもとにしています。

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2010年7月 4日 (日)

九十四話 「最初からやりがいのある仕事はない」

 先日もある経営者の方が、「うちの若手は、言われたことはきちんとするのだが、自分で仕事や問題をみつけて何とかしようという気がない」と嘆いておられました。確かに仕事に対する受身の姿勢は、どこの会社を見ても、一人前社員へのハードルの一つのように思われます。あらかじめ設定された条件に反応するのが特徴のCPゲームのせいばかりでもないでしょうが、自分で道を切り開くという姿勢に欠ける、受身型の若者への会社のぼやきは、このところ確かに多くなったように感じます。

 そのような若者を自分から行動を起こす自立型の社員に変えるのが多くの会社の課題でしょう。でも、関与先等を見ていますと、それまでは何となく頼りなげで、積極性に欠けていたような社員がある日、突然目覚めるというようなケースにお目にかかったりします。
 そのきっかけの一つのヒントが「儲ける社長の『頭の中』」 川合善大(かんき出版)という本にうまく書かれていました。「最初から、やりがいのある仕事はない。仕事が成功するからやりがいを感じるのだ。」けだし名言です。確かに、仕事で大きな成功の機会はそう訪れませんが、ちょっとした小さな成功はその気になればいくらでも見つけられます。会社も管理職も成功体験を与えることを心得ておくことと同時に新人教育の折には、小さな成功を教えておくべきです。

 金曜日にモンシュシュさんの堂島ロールモンドセレクション最高金賞受賞のPhoto_2記念パーティに出席しました。ヒルトン大阪で開催され、なんと480人からの参加者で盛大のひとPhoto こと、見事な会でした。祝辞も日航支社長、インテル社長、ファミリー社長と早々たる方々でした。皆さん仰ってられたのが「モンシュシュさんはこの7年程ではるか手の届かないところへとうとう来てしまった。」という想定外の成長のようでした。その中でみずほ銀行の常務さんのお 話しが印象的Photo_4でした。これからは手本も教わる人も、まして叱る人もいない、未踏のグローバルの世Photo_3界へ踏み出してしまった。自らが驕り油断することなく、しかしまた自信、誇りを失うことなく進むしかない。このことを南アフリカ元大統領のネルソン・マンデラ氏の演説「もう我々 には命令する主人も鞭打つ搾取者もいない。もはや我々は我々自身の中にある光そのものに恐れ、誇りを持たなければならない。」を引用し、まさにモンシュシュさんの今いる位置を語られていました

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