九十八話 職業観②「またあなたから買いたい」
5年ほど前に日経に掲載された、山形新幹線車内ワゴン販売員の記事を研修用ケース・スタディ問題として今でもよく使います。百分間で弁当百十二個販売という驚異的な記録を持つ有名なパートの斉藤泉さんの記事ですが、最近、そのノウハウとなぜ「そこまでやるか」をまとめた単行本「またあなたから買いたい」(斉藤泉著、徳間書房)
がでました。眼からウロコ満載の内容ですが、いろいろな見方ができます。まず何よりも驚きは、確かに、斉藤泉さんの時給は800円台から1200円台に上がりましたが、彼女がいまだに2ヶ月更新のパートさんであることです。勿論、歩合もありません。普通の販売員の2倍も3倍も売り上げ、商品企画も行い、テレビでも取り上げられ、講演でもひっぱりだこの彼女を会社は正社員にしたかったでしょう。でも 、接客の現場である車内ワゴン販売員を「自らの仕事」と考え、こだわる彼女はパートの身分を選んだようです。
もともと彼女がこのように車内ワゴン販売員という仕事にのめり込むきっかけとなったのは、最初の研修で先輩に言われた「ワゴンは一軒の店、あなたはその店長」という一言でした。このことは、現在の社員モチベーションに必要な共通の要件は何かをあてています。彼女は仕入れた弁当を残さず売り切り、しかも一人の乗客も売り切れで腹をすかしたまま帰すことのないパーフェクトをめざします。その目標は完結しており強力です。結果、会社の業績につながり、会社としての顧客満足にもつながっています。
日本の強さは現場の作業者という人たちがクリエイティブであることです。明らかにトヨタはそれで世界一の自動車メーカーになりました。海外では考えられないことでした。この車内ワゴン販売員も他では考えられないでしょう。勿論、日本でも特例には違いないですが不思議ではありません。不思議なのはパートという身分の方です。
斉藤泉さんの目線はどこまでも現場作業員です。現場作業員の視点で、顧客ニーズを予測し、綿密な段取を実行し、2年がかりでお弁当を企画し、通常のコンビニの時間当たり売上の軽く倍以上を稼ぎ出します。管理職ましてや経営の視点をもっているわけではけっしてありません。また、管理職や経営をめざしているわけでもありません。つまり、彼女にとって現場作業員は通過点ではないのです。彼女はあくまで車内ワゴン販売員というプロフェッショナルを追求します。
日本もそろそろ、この職業意識に社会的な認知をきちっと与えるべきと思います。斉藤泉さんというパートさんの特例に頼ってはいけません。これまでの職業観は一般社員から始まって、管理職、役員という肩書をめざす一本道で、そうやって上がるのが社会的ステイタスでした(実際に上がるかどうかではなく、社会的なコンセンサスの意味でです)。でも、もうそれもそろそろ限界です。わが国もプロフェッショナルを軸とした職業観というもう一つの道ををもたないとなりません。そうしないと社員個人はいつまでも充足を得られないばかりか、会社ももたないでしょう。
ただ、これは一企業の問題ではありません。社会の取組みとしての問題なはずです。
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