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2012年1月

2012年1月29日 (日)

百五十二話 海外で働く女性~その③

 リクルートワークスの調査によると、大学新卒者で安定・内向き志向が7割、すすんで海外へP1000112 も行く積極派が3割とのことです。これが本当だとすると、ずいぶんと健全な数字です。日本の若者も捨てたものではありません。たしかに今回の短いフィレンツェ行きでも9名の働く日本女性にお会いしています。P1000166

 フィレンツェで最も賑わう通りにブランド店が並んでいます。フィレン ツェは革製品がP1000263有名で、靴のフェラガモの本店もあります。ブランド店の中で、旅行ガイドブックに日本女性が常駐しているとあったルイ・ヴィトン(フランスのグランドですが)P1000117_2 に立寄りました。二人の若い日本女 性が応対してくれて、タックス・リファンド(税の還付)について丁寧に教えてくれました。一人の方は、この店に来る前にはヴェネチア店に居たそうで、その前は東京とのことでした。とても優秀なキャリアガールのようですね。

 タックス・リファンドは12%ぐらいフィレンツェ空港で日本円で還付されます。搭乗手続き後に中にカウンターがあるとヴィトンで聞いていましたが、フィレンツェ空港は手続き前です。危ないところでした。
 写真左下~夕方に道路からポールがせり上がり、メイン通りはクルマの通行止め、歩行者天国となる。

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2012年1月23日 (月)

百五十一話 海外で働く女性~その②

 フィレンツェ空港に夜到着し、タクシーで市内に。運転手は見たところ、年配は見当たらず、1 皆、イタリアのあんちゃんで、ジャンパーとGパンの似合う連中ばかりです。日本からだというと、市内見物のサービスか、中心街を抜け、名所を見せながらホテルへ連れて行ってくれました。街中どこも石畳で、狭い路地をスピードを1_2 出して突っ込んでいきますから、もうあと5分も乗っていたら気持ち悪くなっていたに違いありません。
 ヨーロッパの街は、広場と広場をつなぐために道があるようなつくりです。道を抜けて広場に入ると、ロータリーになっていて、クルマがぐるぐる廻っている中に突っ込んでいかないとなりません。慣れていない日本人には見ているだけでスリルがありま1_3す。
 夕食1_4を食べにホテル近くのトラットリアへ。フィレンツェでの食事の場所は他に、カフェ、エ ノテカ、レストランテなどがあります。レストランテは高級レストランですが、ト1p1000053ラットリアは庶民派レストランです。行った店で、パスタを頼みながらフィレンツェからの鉄道の乗り方を聞いたら、店で働いている日本人女性が出 てきました。この店 はパスタのトラットリアですが、ピザのトラットリアとレストランテが隣に連なっていて同じ経営みたいです。彼女はレストランテに常駐のようでした。フィレンツェにはトラットリアなどで働いている女性が多いようです。また、表には出ませんが、厨房で働いている日本人男性も結構いるとのことでした。それぞれ、いきさつや目的は様々でしょうが、自立心、バイタリティが伝わってきます。日本の若年層も内向きばかりと思っていたら見誤ります。でも、このようなことができる時代になりました。

下の写真は川ベリのホテル前です。クルマはトヨタのヴィッツですが、トヨタ、日産、ホンダは結構走っています。
左一番下はトラットリアでの食事風景。隣りの美人イタリア女性二人が写真を撮ってくれました。皆、とても陽気です。

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2012年1月18日 (水)

百五十話 あれから17年

 早いもので、神戸の震災から17年経ちました。自宅が六甲アイランドという罹災のど真ん中だったせいか、いまだに、ついこの間のように思い出されます。「東北の震災の映像で当時のことがフラッシュバックする」とニュースで神戸の年輩の方が語ってられましたが、本当にその通りです。

 当時、わが社にいた独身の若手が対岸東灘の木造アパートに住んでいました。当日、東京で楠田丘先生の講演が朝の10時からあり、その社員が参加するようになっていました。私のクルマを使って、大阪の会社に行きクルマを置いて、新大阪から朝一番の新幹線で向かう予定でした。彼が震災にあったのが、丁度、大阪の会社に着いたときで、それで一命を取り留めました。もう少し、早かったりしたら高速道路の上でどうなっていたかわかりませんし、家にいたら命はなかったでしょう。あとで彼のアパートの荷物を取りに行ったら、木造のアパートは完全に潰れていました。

 同様の話しは周りににも沢山ありました。紙一重で命があることを思うと、仕事の苦労などというのは大したことではないなとつくずく感じます。あの震災を体験し、自分も家族も無事だったことで時間を大事にするようになったように思います。

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2012年1月15日 (日)

百四十九話 海外で働く日本女性~その①

 ずいぶんとブログの更新をさぼってしまいました。本の執筆と少し仕事ほとんど旅行のイタリア行きが重なったためです。なんとか執筆の目途をたてて(出版社の編集部長はそうは思ってくれてなさそうですが)、7日~11日までフィレンツェへ慌ただしく行ってきました。まだ、時差ボケが残っております。
 少し仕事の言い訳には、「海外で働く日本女性のことを知りたかった」というのを用意しました。これから数回にわたり、仕事と執筆の合間を縫って、、「海外で働く日本女性」のテーマでブログの更新をしたいと思います。

P1000033   ルフトハンザ航空のボーイング747で関空を出発し、フランクフルトでフィレンツェ行き小型ジェット・エンブラエルへ乗り換えます。約1時P1000035間半のフライトとで時Photo 差はありません。スチュワーデスが大柄のドイツ女性というのが定番と聞いていましたがP1000042 、どういうわけか日本人でした。しかも一人で忙しげに動き回っています。小型ジェットと言っても、100人の客にサービスをするのは大変です。こんなローカル線でも日本女性が頑張っています。

フランクフルト、フィレンツェ間の機内食はこれぞドイツという冷たいポテトとソーセージにかちこちの固いパンのようなものでした。でも、結構いけましたが。
フランクフルトでは勿論、入国検査がありましたが、フランクフルト、フィレンツェ間は何もありませんでした。ユーロ圏に入るとそうなのでしょうか。

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2012年1月 1日 (日)

百四十八話 年越しも執筆中

今年はたいへんな年でした。関与先の製造業、なかでもクルマや電子パーツ関係の会社などは息をつく間がなかったと思います。3月の震災にはじまり、原発、円高、欧州危機、大型台風、タイの洪水と、リーマンショックから立ち直り始めたと思った矢先にこれらの連続でした。しかも、いずれも企業が対処できるようなものではなく、振りまわされ続けた1年でした。

このような変化の激しい企業環境は、おそらく来年も続きそうです。中小企業にとっては、それこそ荒れ狂う嵐の海を小型船で進んでいるようなものです。いつなんどき、波に呑み込まれてしまうかもしれません。そんなときに、わたしどもが専門とする「人事」どころではないという声も聞こえてきそうです。

けれども、それでもやっぱり最後は「人次第」というのも実感した1年でもありました。そんな想いで、これまでの私どものコンサル経験から人事全般についての本を出そうと書き綴っています。迫る締め切りを前に大晦日も奮闘して執筆中で、そのまま、年を越しそうです。

うちの家内は大晦日の百八射会に出掛けています。夜の8時からはじめて、百八回、的に当てるまで帰れないそうです。10人ぐらいで射るそうですが、元旦の朝帰りになるのでは

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